どっこい坂中英徳は元気である

坂中提案

1975年に『今後の出入国管理行政のあり方について』(以下「坂中論文」と略称)を書いたころ、私は40代の役人に見られていたようだ。入管のそとの世界ではしばらく「論文を書いた人は法務省の参事官」で通っていた。

実際の私は、当時、「法務省入国管理局参事官室の係員」で、公務員になって5年目の30の若輩であった。

2000年代の初期、全国紙のある幹部から、「伝説の坂中論文を書いた人はまだ生きておられるのですね」と、驚きの目で見られたことがある。

3年前には、やはりマスコミ関係者から、「坂中さんは相変わらず1000万人の移民を主張しておられるのですね」と言われた。

68の年寄りだが、どっこい坂中英徳は元気である。「坂中論文の坂中」の昔の名前は捨て、これからは「移民1000万人の坂中」の新しい名前で活躍しよう。

 

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