いくつもの顔を持つ坂中英徳

坂中提案

45年の職業人生を振り返ると、実に多くの別名をもらったことに驚く。1975年に書いた『今後の出入国管理行政のあり方について』という表題の論文が「坂中論文」と呼称されたことに始まり、「救世主」「移民政策のオピニオンリーダー」「アンタッチャブルな役人」など、数々の通称あるいは形容詞をつけられた。

それら以外にも、2005年に出た『入管戦記』という本の帯で「ミスター入管」「反骨の官僚」と呼ばれた。

2012年10月の『ジャパンタイムズ』は「移民が日本を救う」という表題の記事において「移民革命の先導者」と内外に紹介した。

2014年5月、日本外国特派員協会において「日本の移民国家ビジョン」のタイトルでスピーチした際に、同協会幹部が「坂中英徳氏は日本の『Mr.Immigration』として知られている」と世界に紹介した。

物議を醸すような移民政策論文を数多く発表した実績と、反骨の官僚時代の数々の武勇伝がものを言って、多くの形容詞がつけられたのだろう。

いくつもの顔を持っていることは私の強みである。これは移民国家への道の先導役をはたすうえで強力な武器になると考えている。たとえば、移民1000万人構想は、霞ヶ関の異端児であったミスターイミグレーションが立案した移民国家大綱ということで、政府高官の間に支持が広がっているのだと思う。

私の大望を一ついわせてもらえば、日本型移民国家の理論的基礎を築いた実績が認められ、50年後の移民の子孫から「移民国家の産みの親」と呼ばれることである。

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