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「1千万人の移民」と「4千万人の人口減」

人口崩壊時代の日本の国のあり方として、理念上は、移民に頼らないという選択肢も考えられる。「小さいながらも美しい日本の道」である。1900年代の私はそういう「滅びの美学」に魅力を感じる時があった。

人口は国家と経済と社会を構成する基本的な要素である。人口の減少が続けば国勢は衰える。経済は縮小する。社会の多くが消滅する。以上のことは承知のうえで、人口の自然減を日本が文明の成熟段階に入ったことに伴う必然的な社会のあり方と受け入れ、国民の生き方・生活様式から社会経済制度・産業構造に至るすべてを人口減少社会に適合するものに改めるというものだ。

その場合の経済と社会は、外国人の手を借りることなく、日本国民が中心となって運営する。外国人に対する入国規制が強化される。なかでも移民の入国は原則として禁止される。

ここで指摘しておきたいことがある。人口の自然減に対応する社会をつくることは、実は、きわめて困難な国家的事業であるということである。すなわち、豊かな生活にどっぷりひたった国民が、生活水準が低下する困窮生活に耐えられるかという問題である。また、移民の受け入れに消極的な政府に、年少人口が激減する社会にふさわしい国家制度に改める社会革命と政治革命を行う気概があるのかという問題である。

おそらく移民を受け入れる覇気のない国と国民に、人口崩壊時代の苦難を克服する意志も、生き方を根本的に変える心意気も、とうてい望めないであろう。遅かれ早かれ経済も財政も国民生活も行き詰まるのは必至だ。やがて手つかずのままに放置された問題や矛盾の深まりとともに、移民鎖国主義に固執した日本は「みにくい衰退の道」を歩むことになろう。

以上のように思いを巡らして、「移民鎖国」から「移民開国」へと考えを改めた。2005年に発刊した『入管戦記』の第10章の『「小さな日本」と「大きな日本」』においてその考えを披露した。

なお、50年間で1000万人の移民を入れても、総人口が3000万人減ることに留意すべきだ。人口の自然減の幅が広がる一方の日本は、基本的な方向としては、国の構成員が大幅に減っていく「小さな日本」に向かわざるを得ない。

私の基本的な立場は「小さな日本」に軸足を置いたものである。移民政策も、今の英、仏、独の水準並みの移民人口(総人口の1割)に抑えるものだ。

もともと現在の日本は、アジア型の人口密度の高い、世界有数の過密社会である。未来の国民にきれいな山河と安定した社会を遺すことを目標とし、21世紀の大半の期間は人口減が続く社会に耐えなければならないと考えている。

さて、近年、政府は50年後の日本人口の目標を1億とし、一億総活躍社会の形成を目標に掲げている。それは当然、50年間で3000万人の人口減を前提として立てた国家目標であろう。そうであるとすれば、1億総活躍をいう前に、3000万人の人口減にどう立ち向かうかという問題にこそ、国の総力を挙げて取り組む必要があるのではないか。

その場合、1000万人の移民の受け入れよりも3000万人の人口減に対応する社会を作ることのほうがよほど困難な国家的事業になると強調しておく。1億の人口が生存可能な国づくりには、1000万の移民を入れる「移民革命」に加えて、今や人口増加期の遺物と化した国家制度の大改造――すなわち「日本大革命」を行わなければならないと私はつとに主張している。