「問題の発見」と「政策の提言」と「政策の実現」

坂中提案

入国管理局時代、私が発表した著書、論文の大半は「政策」を論じたものであった。外国人にかかる問題を発見し、問題の解決策を提示し、その実現につとめた。自然の成り行きでいつもひとり三役を担う立場になった。自分で自分を困難の立場に追い込む困った性格である。政策論文一路の道を歩んだ人間の悲しき「さが」としか説明のしようがない。

出入国管理行政に携わる役人が国家政策を語るのは危険なことである。それは国家裁量の最たるもので政治家の仕事である。もっとも、外国人問題、特に在日朝鮮人問題は政治の世界でタブーとされていたから、外国人政策に関心を持つ政治家はいなかった。駆け出しの行政官が在日朝鮮人政策を立案しても政治家から文句をつけられる心配はなかった。

もう一つ。行政内部からの批判、反発も考慮しなければならなかった。特に、入管の従来の方針と異なる政策提言を公表するときには進退をかけて行った。

幸い、問題提起と政策提言は正論と認められたのだろう。私が提案した外国人政策の大半は立法措置がとられ実現した。私の役人時代は「問題の発見」と「政策の提言」と「政策の実現」に象徴される生きがいのある公務員生活であった。

2005年に入管を退職した後は移民政策研究所を設立、人口崩壊危機を克服する究極の日本革命である移民国家の構想を練ってきた。同時に、理論的考察に力の限りを尽くし、『日本型移民国家の創造』(東信堂、2016年)に代表される一連の著作を発表した。努力のかいあって坂中移民政策論は説得力を増し、理論にも著しい進歩が見られた。

移民国家理論の完成で人生を終わりたくない。まだやり残したことがある。移民法制の確立である。移民立法で移民人生を締めくくることができれば最高である。さらに欲をいえば、移民国家が成立した後は、許されれば、移民政策の根本理念を国民に理解してもらうため、移民国家の建国の精神の語り部となって全国を行脚したい。

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