「入管戦記」の時代

坂中提案

私は2005年3月末をもって法務省入国管理局を退職するのを期し、これだけは書き残しておきたいと思うことを綴った。『入管戦記――「在日」差別、「日系人」問題、外国人犯罪と、日本の近未来』(講談社)である。

以下に、『入管戦記』の「はじめに」の部分を再録する。入管戦記の時代を駆け抜けた「反骨の官僚」にして「ミスター入管」は何と戦ったのか、何を成し遂げたのか、そしてそれ以後の私が何を行おうとしているのかを知る手がかりになれば幸いである。

 

「入国管理局」という役所は何をやっているところなのだろうか。

最近では、テロリストの潜入事件や興行入国者の人身売買問題、不法滞在者半減キャンペーンなど、マスコミに「入管」の名前が頻繁に出るようになったので、入管の存在自体は多くの国民に知られるようになった。

しかし、入管が具体的にどういう仕事をしているのかについて、正確に理解している人はまだそれほど多くないように思う。

人口減少社会を迎える日本において、今後、外国人の入国管理を担当する入管の果たすべき役割はますます重要になり、外国人問題は国の基本秩序を左右するものになるだけでなく、国民生活にも多大な影響を及ぼすものへと広がってゆくであろう。

本書は、ひとりの“入管マン”が何を考え何を行ってきたかを披露し、入管の仕事を国民に広く知ってもらう目的で書き下ろしたものである。1975年以降の在日韓国・朝鮮人問題を始め、インドシナ(ベトナム)難民問題(1975年)、日本語就学生問題(1988年)、中国人偽装難民問題(1989年)、外国人労働者受け入れ問題(1990年)、興行入国者問題(1995年)、日系ブラジル人問題(2000年)、そして人口減少社会の日本の外国人受け入れ政策(2004年)など、この30年間の出入国管理上の主要課題に取り組んできた私が自らの体験をできるかぎり率直に語ることで、読者を「入管の世界」へご案内しようと思う。

1971年の春、25歳の私の目の前に、ひとりの少年が立っていた。

少年は、14歳の誕生日を迎えたばかりだった。私のところにくる前の日の夜、突然、両親から、
「おまえは日本人ではない」
と告げられ、「在留」の手続きのため大阪入国管理事務所を訪ねてきたのである。

少年は、それまで普通の日本人と何ら変わらない生活をしていて、自分が日本人ではないなどと考えたこともなかった。

親に付き添われて入管にくる子供たちも多く、母親が、「子供に本当のことを言うのはつらかった。子供もたいへんなショックを受けていた」と悲嘆にくれることも珍しくなかった。子供が入管に出頭しなければならない前日になって切羽詰まり、やっと事実を打ち明けている親がほとんどのようだった。そのことを考えても、親子双方にとっていかにつらいことであるのか察せられた。

そのとき私は、子供を「日本人」として育てることを強いられるほど日本社会の朝鮮人差別が激しいことを思い知った。そんなにまでひどい朝鮮人差別の存在に強い憤りを感じた。

これが私の入国管理に携わる行政官としての原風景である。

日本の敗戦後、世界中を覆った激しいイデオロギーの対立は、朝鮮半島を分断し、この国にいる在日韓国・朝鮮人60万人を翻弄し続けた。朝鮮戦争停戦後、1910年の「韓国併合」から始まる朝鮮人差別になんの展望も開けない絶望感が、「社会主義の王道楽土」への熱狂に形を変え、やがて北朝鮮への民族大移動が起きた。いわゆる「北朝鮮帰国運動」である。北朝鮮に渡った在日朝鮮人たちは、1959年から1984年までに9万3340人。そのなかには、妻や夫や子として出国した約6800人の日本人が含まれる。そしていま、もうひとつの「拉致被害者」といってもいいかもしれない北朝鮮帰国者の一部の人たちが脱北し、密かに日本に入国しているのである。

私は、北朝鮮帰国者の問題を、在日韓国・朝鮮人問題の延長線上の問題と位置づけている。また、「帰国者」の日本への自由往来の道が開かれない限り、帰国者問題ひいては在日韓国・朝鮮人問題の全面解決はないと考えている。

この30余年、私は行政官として、私の前に立った14歳の少年のために何ができるのか、そのことだけを考え、政策を展開し、その実現に努めてきたように思う。私の在日韓国・朝鮮人観は、退官を目前にしたいまも1971年と基本的に変わっていない。

日本はまもなく、超少子化に伴い、世界の歴史上もあまり類のない急激な人口減少期に入る。2050年には1億人を切り、2100年には6400万人へと半減すると推計されている。

日本の未来はどうなるのか。人口激減社会に対応するため、明治維新に匹敵する国の大転換が求められることは必至である。幕末から明治にかけて「攘夷」か「開国」かで国論を二分する激しい議論が闘わされたときのように、いまこそ、国の大改革に向けて、活発な国民的議論が行われるべきである。

私は、本書において、人口減少社会への対応のあり方として、「外国人の受け入れ」の視点から、ふたつのシナリオを提示している。人口の自然減に全面的に従って縮小してゆく「小さな日本」へ向かう道と、人口の自然減を外国人の受け入れで補い、経済大国の地位を守る「大きな日本」への道である。

「小さな日本」は、外国から日本への人口移入を厳しく制限し、少なくなった人口に見合った「ゆとりある日本」を目的とするものである。「大きな日本」は、外国人を数多く受け入れて人口の自然減に対処し、経済成長の続く「活力ある日本」を目的とするものである。

2050年の日本の姿はどうなっているのだろうか。

「小さな日本」への道を歩み、日本人が絶対多数を占める、人口1億人の「成熟した社会」が形成されているのだろうか。

それとも、「大きな日本」への道を歩み、2000万人の外国出身者を含む、人口1億2000万人の「活気に満ちた社会」が形成されているのだろうか。

まさに日本国の百年の計を立てるほどの重要課題について、国民の態度を決めるべきときが迫ってきた。外国人の受け入れのあり方を最終的に決めるのは国民である。そのための国民的な議論を期待したい。

どちらのシナリオを選ぶにせよ人口減少社会に生きる私たちは厳しい試練に直面するであろう。とくに、私たちの未来は、外国人・他民族とどのような人間関係を築くかによって決定されると言って過言ではない。どうすすれば外国人・他民族と共生することができるのか。それは、日本のなかに多様な「世界」を取り込むことである。異なる人間の存在を許容することである。私たち日本人にそうした寛容の心はあるのだろうか。そうした未来社会への覚悟と矜持はあるだろうか。

このことを考えるとき、私たち日本人はまっさきに、これまで「外国人」として一身にこの国の矛盾と対峙してきた在日韓国・朝鮮人との人間関係の歴史に思いを馳せるべきだろう。

私たちは「外国人に夢を与えるにニッポン」を作ることができるのだろうか。それは、この日本に古くからいる私たちが「在日」日本人としての自覚を持つこと、つまり、この国を構成するひとつの民族という立場に立ち、世界中の人たちが、日本で暮らしたい、日本国民になりたいと憧れる「開かれた平等社会」を形成できるかどうかにかかっているように、私は思う。

本書は、そうした私の願いを込めて、退官の日を前にまとめたものである。

 

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